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グローバル化に対する普遍的論理

2025年03月16日 グローバル化に対する普遍的論理

昨今、移民や難民受け入れまた、国庫から多量の予算を日本人以外に充てる事象などを「グローバル」という単語で肯定し流布する、政治家・経済界団体首脳や不法滞在者までもが目につく。
それぞれに個人・企業など集団での利権・利益を得るための利己的思考にしか聞こえず、グローバリズムは国家間レベルでは必要だが、人民・民間・個人レベル、国境なきグローバル化は、それが日本人と日本の国益に対して無意味で危険なものかを読み解いた。


「グローバル化」は美辞麗句な言葉だけが先行し、論理を欠いた概念だ。
個々人が様々な道徳・倫理・価値観を抱き多様な人間性のある現代において、国内での安易なグローバル化、多文化共生は衝突を生み、グローバル化を維持することができず成り立たない。このため、国には教育があり、また社会の中で道徳や社会性を育むが、それゆえに衝突や争いを調整する役割を持つ国という枠組みが不可欠となる。
人間の社会性は低く、また利己的になる者が多く、その利己的思考が強いため、自国ですら適応できない者が他国に適応できるはずがない。国家間でも争いが絶えない現状において、国を超えたグローバル化は論理を欠いた発想で、これは普遍的真理である。
また、他国を選ぶ権利は、その国に従う義務と対を成す。人権も、それを保障する社会における義務と対で成り立つ。これが論理と道理であり、感情論はこれを満たした後で語るしかなく、それは集団社会では普遍だ。
もし感情を優先させ利己に走るなら、それに適合する無法な状態に入るしかない。

結論

グローバル化を唱えることは、論理を欠いた人間の現実無視やエゴでしかない。
これは複数の人間が集まれば普遍的に明らかであり、自国の文化を維持したまま他国で生活しようとすれば、双方にとって不幸を招く
様々な分野・シーンで国外との接触・融合などは必要ではあるが、あくまでもこうした論理の範疇での話でしかない。
どの国でもその文化・道徳・倫理を知らない・尊重しない者は歓迎されずまた、差別を叫ぶ者も存在するが、国境は文化・道徳の境界でもあり、それを超えて母国の価値観を声高に唱える者が拒絶されるのは当然の帰結であり、擁護する道理はない。
世界中でも稀にみる一文化承継・単一民族国家の日本であればさらに明白で、人口減を理由に『移民政策』を打ち出しているが、人口減の原因究明も反省もなく、自国で対応しようとする姿勢すら見られないことは、安易かつ無策であり、亡国を招く行為である。